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Tokyo Disney Resort 初心者講座
[PART1 Tkyo Disney Resort全般編] <<[BACK PAGE]<< >>[NEXT PAGE]>>
Tokyo Disney Resortってなんなのさ?
*** PAGE INDEX ***
[■リゾート宣言!]
[■東京ディズニーランドはメードインUSA]
[■ディズニーランドの良さ]
[■日本にディズニーランドを]
[■東京ディズニーランドの誕生と成功]
[■さらに大きく成長・・・東京ディズニーリゾートの施設]

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■リゾート宣言!

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Tokyo Disney Resort 駐車場入口 Tokyo Disney Resort「東京ディズニーリゾート」・・・その呼び名になったのは2000年1月から。「テーマパークからテーマリゾートへ」それが合い言葉で、スタートしました。
それまでは、「東京ディズニーランド」というテーマパークが1983年4月に日本にやってきて以来、17年間たったひとつの施設で拡大を続けてきました。
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■東京ディズニーランドはメードインUSA

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Disneyland ニューオーリンズスクエア そのひとつのテーマパーク「東京ディズニーランド」はご存じアメリカ生まれです。
アメリカの最初の「ディズニーランド」は1955年にカリフォルニア州アナハイムという場所に建設されました。
ウオルト・ディズニー・プロダクションズという映画制作会社のひとりの個性の強い社長ウオルト・ディズニーが、まわりの反対を押し切り、自らの夢を実現したかたちが「ディズニーランド」でした。
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■ディズニーランドの良さ

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ディズニーランドは独特の運営方針を古くから持っていました。
テーマパークという言葉もこのディズニーランドから言われた言葉です。
従業員をCast(キャスト)と呼び、来園者をGuest(ゲスト)と呼び、パーク内のゲストが入るエリアをOn Stage(オンステージ)と言います。この呼び方ひとつとっても、当時としては斬新なことでした。
ウォルトの考えは、パークそのものが全てステージであり、清掃する従業員も含め全ての従業員がそのショーを構成する出演者で、来園者はもてなすべき大切なお客様ということです。
パークの設計には映画製作者としてのウオルトディズニー独特の考えが随所に見られます。しかも、映画はスクリーンの中で一方的に夢を与えるのに対し、パークは現実の空間で人々に夢を与えてくれます。2Dの映画に対し3Dのパークとも言えるでしょう。
ウオルトは映画は完成したら修正はできないが、パークはゲストの反応を見ながらいつでも永久に修正できるとも考えていました。「永遠に完成しない」ということが最大の魅力ともいえるでしょう。
常に成長し続け、新しい発見をさせてくれる場所です。
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■日本にディズニーランドを・・・

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1970年代の日本。大阪万博の大成功で、大型レジャー施設への感心が高まりつつありました。そんな時代背景のなか、三井不動産京成電鉄などが主体での埋め立て事業の会社オリエンタルランド社や、三菱地所がアメリカのウオルトディズニープロダクションズ(現在のウオルトディズニーカンパニー以下ディズニー社と呼びます。)にディズニーランド誘致を呼びかけました。
オリエンタルランド社が候補としたのは浦安の埋め立て地。三菱が候補としたのは静岡県の富士山の麓。
ディズニー社にとっても国外のパーク建設ははじめてのこと。
いろいろな思惑と立地条件とオリエンタルランド社の当時社長の高橋氏の無鉄砲ともいえる努力で、現在の千葉県浦安市に建設が決定されました。
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■東京ディズニーランドの誕生と成功

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ミッキーマウス(ディズニーランドグリーティング) 1983年。ついに、国外初で、3番目のディズニーランドとして「東京ディズニーランド」がオープンしました。
ディズニー社とオリエンタルランド社の契約は当時、ディズニー社側がとても有利な契約でした。高いライセンス料、全てディズニー社の思うとおりに建設できる権利などで、営業的に成功するとは誰も思えない状況でのスタートです。
しかし、オープンしてみると大成功!。近年では、本家を抜いて、入場者数世界一のテーマパークに成長しました。
後に、マイケル・アイズナー氏(ウオルト・ディズニー亡き後、スランプだったディズニー社を復活させ、現在のメディアとエンターテイメント巨大企業までにした、現在のディズニー社CEO)はこう語っています。「東京ディズニーランドはディズニー社にとって、最大の失敗だった。」理由は、こんなに大成功すると予測できなかったからです。こんなにも利益を生むなら直営にすべきだった・・・ということです。現在、アイズナーは「もはや彼ら(東京ディズニーランド)に教える事は無い。彼らから学ぶ事がありそうだ。」と言ったくらいオリエンタルランド社をディズニーのパートナーとして認めています。2001年にはディズニー社の日本における法人のディズニーストアージャパンもオリエンタルランド社に売却し、ますます絆は強まっています。
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■さらに大きく成長・・・東京ディズニーリゾートの施設

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イクスピアリ(キャンプネポス)ミレニアムの2000年。世界のディズニーランドが21世紀へ向けて、大きく変わった年でした。東京も例外なく、大変貌しました。
今までの施設「東京ディズニーランド」から、2000年7月にオープンした日本で最初のディズニーブランドのホテル「ディズニーアンバサダーホテル」そして、ショップやシネマコンプレックスやレストランの集合体「イクスピアリ」(ディズニーとは関係ないが、ディズニーから学んだ事がいかされている複合商業施設)と、次々と新しい施設を建設し、一大都市型リゾート施設になりました。そして、2001年9月4日に2番目のテーマパーク「東京ディズニーシー」がオープンし、長期滞在型の都市リゾートとなっています。現在、東京ディズニーリゾート内の施設は下記のとおりです。
  • テーマパーク
    • 東京ディズニーランド・パーク
    • 東京ディズニーシー・パーク

  • 複合商業施設
    • イクスピアリ
    • ボン・ヴォヤージュ

  • リゾートホテル
    • ディズニーアンバサダーホテル
    • 東京ディズニーシー・ホテルミラコスタ
    • オフィシャルホテル
      (シェラトン・ヒルトン・オークラ・東急ホテル・サンルート)

  • その他
    • ディズニーリゾートライン(交通機関)
    • ウェルカムセンター(インフォメーション施設)
ひとこと豆知識

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Tuesday, December 17, 2002